骸に咲く花│相模陸(極上症候群)
──誕生日は、嫌いだ。
沢山の贈り物や、テーブルいっぱいの美味しい御馳走に無邪気に喜んでいられたのは、ほんの子供のうちだけだった。その頃は、両親と兄の他、親しい親戚や幼馴染みの少年が百合子の誕生日を祝ってくれて、皆の祝福を一身に受けながら、ひとつ年を取って大人に近づくことが、随分と誇らしく思えたものだ。
あの、胸の高鳴る感覚が薄れてしまったのは、何度目の記念日を迎えた時だっただろうか。
百合子が十を過ぎる頃になると、誕生会には身内以外にも見知らぬ人々が多く招かれるようになり、その代わりに、仲の良かった幼馴染みは姿を消してしまった。野宮家の財政が傾き始め、彼らの先行きに昏い翳りが落ちかかるに従って、反比例するように年毎の夜会は豪勢になっていく。
もう、どれだけ盛大なパーティーをして貰っても、抱えきれないほどの花や贈り物を貰っても、何ひとつ嬉しくはない。綺麗に誂えた衣装を着せられ、上品な笑みを張りつけて、年嵩の男たちや、華やかに着飾った婦人たちの相手をさせられるのは、元来活発な彼女には耐え難い時間だったのである。
(誕生日なんて、嫌いよ)
この日の為に新調したドレスを纏ったまま、百合子は膝を抱えて庭の片隅に座り込んでいた。
細かい紋様の施されたレースに、尖った葉っぱの先がちくちくと突き刺さるが、それを構う気にもなれない。今夜の主役がせっかくのドレスを汚してしまったと両親に知れたら大目玉だろうが、それさえも百合子にはどうでもいい事に思えた。
(そうよ……どうせ、私の誕生日なんてただの口実だもの。お母様好みの派手な夜会を開いて、見栄を張りたいだけ。
私が居たって居なくたって、関係ないんだわ)
ぼんやりと空を見上げると、降りてきた夜の帳に、最後の夕焼けの残滓が飲み込まれてゆくところだった。そろそろ開幕の刻限が迫っているのか、そこここから百合子を探す皆の声がするが、彼女は体をぎゅっと小さくし、茂みの陰に身をひそめてそれをやり過ごす。幼い頃から駆け回ったこの庭を、百合子以上に知っている者はそう居ない。彼女が本気で隠れる気になれば、短時間で見つけ出すのは難しいだろう。
もっとも、それもこの庭の『主』と言える男には通用しない話であって──
「姫様!? こんな所で何をしていらっしゃるんですか!?」
──突然、ガサガサ、と真横の茂みがかき分けられたかと思うと、端正な顔立ちの若者がひょっこりと顔を覗かせた。
見慣れたかすりの着物に小倉袴。いつも穏やかな表情には焦りが浮かび、額にうっすら汗をかいているのが見える。
「ま、真島……」
迂闊だった。
どれだけ百合子がこの庭に詳しくても、庭師として、この広大な敷地の隅々に至るまでを把握している彼には比べるべくも無い。邸内から遁走した百合子が何処に逃げ込むかなど、真島にならすぐに見当がついたのだろう。
焦って立ち上がり、その場を逃げ出そうとするものの、真島の動きは百合子より早かった。ぐいと腕を捕まれ、強引に茂みの陰から引っ張り出されて、彼の前に立たされる。
「奥様や若様がさっきから探していらっしゃるのに、一向に見つからないようでしたからまさかとは思ったんですが……」
真島はそこで言葉を切ると、呆れたように眉を顰め、じりじりと逃げ腰になる百合子の姿を上から下まで見回した。
つと彼の手が伸びてきて、少女の結い上げられた髪に指先が触れる。息のかかるほど近づいた距離に、思わずびくっと身を竦めると、その動きを咎めるように真島が耳元で囁いた。
to be continued...