真島と一緒にお引越し│雨象（おかっぱとみつあみ）

　彼女は変わらない。真っ白な清らかな手で、三郎を殺してしまった後も変わらない。ふかふかのベッドの中、すやすやと穏やかな寝息を立てて眠る少女を見下ろし、真島は暗がりの中、微笑んだ。
「そうです、奴は、俺が殺したんだ。」
　ぽそり、と白い耳元で囁く。『真島芳樹』の衣装を身に纏った儘、ごくごく小さな声で、百合子に囁き続けた。百合子の脳は、真島の言葉に今夜も呼応するのであろう。

『
　三郎を殺したのは、百合子ではない。
　百合子は、清らかな儘、以前と変わらない。
　三郎を殺したのは真島。
　百合子を助けようとした、真島が、殺したのだ。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　』

「姫様…。」
　どうですか、ちゃんと暗示に掛かりましたかと呟きながら、真っ白な頬を撫でた。もし、彼女が暗示に掛からず、罪の意識を背負った儘、今まで生活をしてきたとして、だとしたら、多分、疾うに狂ってしまっているだろう。否、狂ってしまわないと、おかしいのだ。何故なら「百合子」は清らかなのだから。美しい少女の心を無くさぬ儘、清らかに生きてきてくれたのだから。清らかでか弱い少女の心は、崩れやすく壊れやすい。
「これが俺の、復讐」
　心が壊れてしまって何もわからなくなってしまった百合子に、「屋敷を残す為だ」と告げ彼女を売春宿に売り飛ばす、当初はそんなことも考えていた。嗚呼、恐らくそれをしてしまった方が、彼女はもっと楽だったのかもしれない。何もかも、あの溝鼠に犯されそうになったことも忘れられるのだから、きっと、今よりもずっと楽だ。どんなに身体が汚れようともそれを悲しむ必要も無い、そんな幸せな世界に、彼女を送ってやることだって出来たのに。
――ねえ姫様、姫様は人格を失ったら、姫様ではなくなるでしょう。そんな貴方に復讐したところで、何の意味もないでしょう。俺は、「貴方」に復讐したいんですよ。
　だから真島は、百合子の人格が壊れない方法を選んだ。
　脳を洗脳されようとも、百合子は夢見るのだろう。あのおぞましい夜のことを。三郎に胸を鷲掴みにされたり、獣臭い匂いに吐き気を催したり、気持ちの悪い暑苦しい息を肌に浴びたり…パニックになった自分が、思わず脇差で奴を殺してしまったあの時の事を、夢見るのだろう。
――その夢の中に、俺は、いますか。…なんて。






to be continued...